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準備

  • 2011-03-23 (Wed)
  • Mino
mino

今私にできることといえば?。
…そもそも自分の面倒さえ見れていない。
まずはそれを自覚する事、毎日ちゃんと生きる事、数少ない、自分にやれることをしっかりやること、大切な人を心から大切にして、幸福には感謝してめいっぱい味わう事。
こういう状況になったとき、「社会人になるってすばらしい」と思うのは、自分で時間をかけて築いてきた役割、最大に自分が役立てる形を通じて、誰かのためにもなれることだと強く思いました。
今の私にとっては、自分自身の準備が必要だと、思っています。
とりあえず、着々と、引っ越しや、4月から働くための環境づくり、投稿論文の作成、人に会う事や、資格の勉強、謝恩会の準備をする日々。

まさに地震のあった日に引っ越し荷物の搬出をし、
週明け、東京は電車が止まったり、計画停電が実施されたり、余震が続き、スーパーの棚が一部からっぽになり、6時にはお店が締まり、ネオンが消灯されて、緊張感のある空気を感じるさなかでしたが、
時間通りすべての荷物が届き、注文していた家具家電も届き、ガスの業者さんがガスを開栓してくれはり、当たり前に東京での生活がスタートしました。
こんな状況で、当たり前に仕事し、生活しようとできる日本人、
日本人は仕事ばっかりでcrazyだ、って言われてた部分にもあたるけれど、
こういう時には本当にすごいなーと誇らしく思えました。
被災しなかった身、いつでも自分を備えることを意識しながらも、
当たり前を地道に大切にしていきたいと思います。

9日目

  • 2011-03-03 (Thu)
  • Mino
mino

ニュージーランドで地震が発生してから9日め、だそうです。
学部生のとき所属していたタッチフットボールチームで、一緒に日本一!目指していた先輩が、
国際看護士の資格取得目指して向かった先で被災、
今もきっと、がれきの下でがんばってはります。
地震が起きるその瞬間まで、
さばさばと話す先輩がその調子でしゃべりながらお昼ご飯を食べていたシーンがありありと浮かべられて初めて、
テレビで何度も報道されるがれきの山がとても暴力的に見えてきました。
ある記事で、これは天災であって、人災でもあると書かれていました。
私もほんとにそうだとおもいます。
用、強、美の中で最もキホンで、当たり前で、だからこそ意識的にもなりにくい強。
法律や、構造計算式や、そういうものに埋もれがちでした。
それを守るという倫理観はもちろん備わってはいますが、その先に何があるか…こんなにひどい痛みがあることにまで、想像を巡らせられることはありませんでした。
自覚もって、意識して、自分の仕事していきたいと思います。

救助活動を見守り、祈るばかりです。

done!

  • 2011-02-16 (Wed)
  • Kobe
kobe

論文提出しました!
『OMAのシアトル•パブリック•ライブラリーにおける設計プロセスとその建築思想に関する研究』

シアトル市民だった約1年間、「市の公立図書館」のような位置づけで、このシアトル•セントラル•ライブラリーを日常の中で利用していました。すごく素敵な図書館です。
OMAの建築として、デザインとして優れている、というだけではなく、愛され使いこなされている!のです。
論文のでっかいテーマとしては、「この建築に対する愛着ってなんだろう!?」
この愛着っていうのは、やっかいで、数値ではかることのできるものでもなければ、
また、アンケートをとったからといって、厳密には、知りたいことは知り得ない…

そこで、シアトル•セントラル•ライブラリーについて、建築家は、どうやって他の人たちを排除して突っ走ってデザインするのではなく、巻き込んでいくプロセスをつくったのかを検証しました。

仮説は、その理由はプロジェクト開始から、使用されている現在に至るまで、建築に関わるひとみんながそれぞれの形で建築のコンセプトにコミットしていることなんじゃなかろうか、と。

OMAのシアトルの図書館以前の図書館作品3作品を対象にして建築家の言説(建築家自身の作品解説で、建築についてのコンセプトについて述べている)を分析。3作品中唯一の実作、シアトルの図書館の特徴を明らかにして、その特徴についてさらに言説中心に突き詰めて分析していきました。

結果、OMAは「OMAにしかできない独自のデザインのコンセプトを提案をしつつも、パブリック(シアトル市民や、図書館に関わる人々すべて)が建築のコンセプトに入り込む余地を内包していた」ことがわかって。(実際、OMA自身も意識的にその語の意味を変化させながら「パブリック」という語を使っています。)

コンセプトに何を掲げるかは建築家次第…で、パブリックの参加の余地なんて、わざわざ言わなくても当たり前にすることやん!て言われるかもしれません。公共建築ですし。でも、そこをあえて、言葉にしてコンセプトとして示した、ってとこが、OMAのすごいとこであったりする気がします…

具体的に、どうやってパブリックが関わったのか?を年表なようなものをつくって検証したり、そこで得られたインプットがデザインにどのように反映されているか?を図面上で確認し、この「パブリック」が内包されることによって、懐古的なものが、そのものの特性を引き継ぎながらもOMAによって新しい解釈を加えられて生きたものとしてSCLでは使用されていることを見つけました。

この「そのものの特性を引き継ぎながらもOMAによって新しい解釈を加えられ…」という再定義、と呼べるこの手法は、OMAの図書館建築を通してOMAの設計手法そのものにもみられるものでもありました。

思考が決してひとところにとどまることがなく、言説は平易な言葉で多様な解釈を許容し難解で、ひとつの解を与える論文を拒む建築家に関する研究で、「答え」ではない結論をどのように導くことができるか…についてずっと悩みました。
そして、自分のやっていることが、いかに趣味の領域を越えられるかについての苦しみ。歴史を対象とする論文でもなく、現代に即生きるたぐいの論文でもなく、自分の論文がどこに位置づけられるのかがとっても謎でした。建築家が、いかに社会と交わり、生身の人間と共生する建築つくるか?みたいなところを論文のテーマを掲げているのに対し、自分の論文が社会のためにならず、というか一握りの誰かのためにさえならず、ただただ内向きに進んでいるのではないか…という思いが常に苦しかったです。

悔しいきもち…。どうしてもできなかったことに目がいきます。。。

でもひとつだけできたことをあげるとすると、
それは少なくとも自分の中では、論文を通して大発見できたこと。
直感で感じたことが、研究とおしてOMAの中に見いだせたこと。

そして、もうひとつ。友人が、
うめきた(北ヤードの呼称。結構いい名前に決まったと私は思います!北ヤードのままでよかったやん、という意見も然りですが笑)とかも、もっと国際コンペとかやったらいいと思う…そんな視点から、私の論文に興味があると言ってくれて、誰かとこうしてやっていけば、ちょっと外の世界、社会とつながっていけるかもしれないんだ!
と思って嬉しかったです。

終わってみて…まずは感謝です。
それは本当に、先生、2代にわたる同級生や、友人や、家族や、大切な人たちに支えてもらって影響を与えてもらって自由にやらせてもらえる環境をつくってもらったおかげです。
一人一人、顔を浮かべながらちょっとずつ恩返ししていかなくちゃ。と思います。

そしてOMAはすごいと再認識。
学んだことを消化し、将来自分の仕事に反映させていきたいなと思いました。

最後に、前にも載せた講演を…TEDより



...it's time for architecture to do things again, not just represent things.

...We need to authoring process again, instead of authoring objects.

あとがき

Copenhagen

日本に帰ってきて、1週間がすぎ…怒濤のように日々が過ぎてゆきます。
修士論文の修正はやりだしたらいくらでもできるし、
1級建築士の学校は3ヶ月分しっかり遅れてついていくのがやっとだし(若干ついていけてないし)、
歯医者や免許の更新やらの雑用もたまり、
友達との時間も大事にしたいしで、
すっかり日本の睡眠時間に戻りました笑。

そんな中。
もうちょっとのんびりしていたけれど、
日本にいた以上にある部分では充実していたコペンハーゲンでの生活について、
帰ってきてから小出しに、少しずつ考えてきたことをあとがきとして残そうと思います。



BIGのMountain Dwellings。
コペンハーゲンの有名建築家による、コペンハーゲンの集合住宅を、
「モジュール」とか、今まで建築を「学んできた」こと、そういう次元を超えて走り回る2人の動画です。
BIG自体にさほど興味はないと私は今も言い張りますが(この建築はとっても好きですがやっぱり雑すぎろことは否めません笑)、
でもこの動画が、
よく公言していた「単純にコペンハーゲンに住んでみたかった」ということ意外に、
コペンハーゲンで働いてみたいと思ったきっかけになりました。

そして同じような理由でやっぱり好きな、この動画。
同じくBIGの上海万博のデンマーク館。
これはチェコで観た展覧会でたまたま観たものです。



ああー、なんて自由なんだろう。
そしてなんて幸せで楽しそうなんだろう。
そしてなおかつ、強くて批判的なものも感じられて。

すっごく感覚的ですが、
デンマークの建築、都市、そして人間は、
この動画の種のエネルギーに満ちていました。
建築と都市、インフラの境界はあいまいで、
人は自分の周りの様々な領域を囲み込まず、
想像しやすい「平和、幸福」なイメージとともに、
「刺激、クレイジーさ」を常に包含した場所でした。
それらのイメージをこれだけ端的にこの短い動画に詰め込むBIGは、
好きじゃないと言いつつも、
やっぱりすごいと心から思わずにはいられません。(えらそうですが笑)

ADEPT Architects

ADEPTもまた、
まだまだこれからの、若い事務所でしたが、
不況をみじんも感じさせず、この種のエネルギーに満ち満ちていました。
畳み掛けるような勢いで訪れる締め切りに、「prequarified!」の数々の電話、新しい技術の導入、事務所スタッフの増加、日本の忘年会にあたるようなクリスマスランチ、新たな事務所への引っ越し、様々なスケールの(文字通り、「ありの目、鳥の目」のスケールの)進行中のプロジェクト、時に暴力的で時に繊細なアイデアの数々と延々と続くスタディ、そして、チーム。人。
ストレスフルな状況だからこそ、価値のある「no stress.」の言葉。
部下である前に友であろうとしてくれる事務所の雰囲気。
失敗ももちろんたくさん見受けられましたが笑、
すべて若いボスたちとそのスタッフ自らがつくってきたものである「跡」がいつでも感じられ、
その過程に自分が参加している実感をもって、働くことができました。

前回の街紹介で示したことと、
今回のあとがきで紹介したことと、
それが同居している不思議で魅力的な街でした。
夏ももちろん見たかったけれど、
極寒の中、”建築”に閉じこもってみてきたことは
私にとって糧となりそうです。

さあ、いよいよ次のラウンドへ!








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'sense of wonder'

Copenhagen

A Happy New Year for everyone!
あけましておめでとうございます。
2011年もよろしくお願いいたします。

レイチェル・カーソンという人の本に、'Sence of Wonder'というタイトルの本があるそうです。
まさにこのwonderこそ、2年半前ブログを始めたときに託した意味と同じ意味でのwonder。

sence of wonder:はっとすること。
極寒の中、雪で縁どられ木々の枝形の下の道を歩いたことを思い出します…

20110101sence of wonder
Frederiksberg Have

このブログを開設した頃から2年半、周りの人に本当にたくさん支えてもらいながら(実際的に迷惑をかけたこともあれば、心を支えてもらったこともあれば、本当に様々な人たちにいろいろな形で支えてもらいました…)、そのおかげでこのコンセプトを遂行してきました。
そして、ひたすらに、心の赴くままに行動させてもらいました。
大切な皆様へ…本当にありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。

2011年、新しい年からは少し腰を据えてじっと踏ん張る時期にしようと思っています。

その中でも、sence of wonderの精神を持ち続けたいものだと思います。



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