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修士論文2

seattle

マリナーズでイチローが活躍する街、シアトル。
このシアトルの歴史を書くのが、面白かった!
なんか本当に価値観が違う…と感じます。
めちゃくちゃざっくり紹介ー。


シアトルのダウンタウンは海面と同じレベルの土地に開発され始めました。
そのため、大雨が降ると下水が逆流し、大変な事態になっていたそうです。
あるとき、製材所で働いていた男の人が過って火を出し、
当時のほとんどが木造だったシアトルのダウンタウンの30ブロックが焼け落ちました。
これを期に、市は土地改造と下水の整備を決意。
北の丘を削り、海岸近くを埋め立てようとします。

dennymounds.jpg

家がおもちゃの家のように…見えますかー?信じられない光景…。
この写真がOMAのコンセプト•ブックにも使われていたりします。
しかしシアトルは好況期にあったため、今度は燃えない素材での建て直しが先に次々に始まってしまいます。
建物が建ってから2階レベルの高さに及ぶ道路のかさ上げが始まります。
結果、歩道はもとの高さのままで、はしごを使って道路から2階の窓にアクセスするようになります。
酔って落ちて死ぬ人も現れ、次第に歩道にもふたがされるようになりました。
そして今でもその当時の1階部分が、ダウンタウンで利用されていたりします。


巨額の税金をかける大きなプロジェクトを企てるとき、必ず投票が行われます。
関心はいつも高く、反対ばかりでなくかなり積極的な結果を得ることもあることが驚きです。
最近では、海岸沿いを走る高速アラスカンウェイ•ヴァイアダクト(神戸も同じ!)の地中化についての投票が行われ、関心が寄せられていました。
シアトル•パブリック•ライブラリーもその一例で、準備を整えた二度目の投票で立て替えが決まりました。
決まった公共のプロジェクトのデザインプロセスは、専門性を持つ市民によるシアトル•デザイン•コミッションで審議されます。
また地元企業、マイクロソフトやボーイング、スターバックスが、
雇用の提供や公共事業に対する莫大な額の寄付を通して、文化の形成に貢献しています。
このようなことを通じて示される、失敗を恐れない…多少のリスクにはかけてみる専門家らの態度が、シアトルのプロジェクトの質の高さを決めている要素なのかもしれません。


シアトルは初めてのストライキが行われた都市でもあり、
第三回WTO世界貿易会議では後に映画化されるほどの大規模デモが行われました。
生活してみても、みんな地元紙を手に取り、話題にし、シアトルの動向に関心をもち、
住民一人一人が、シアトルにプライドを持ち、自分で決める意識の高い都市だなーとつくづく感じます。


建築に関しては、基本的に各時代において最先端を追ってきた印象を受けます。
歴史的保存の体制も整えられる一方で、新しいものも来い!な態度。
グリッドの街。
万博の名残の大学キャンパス。
アメリカ西海岸の近代建築の影響を受けたノースウェストのスタイル。
ダウンタウンの様式建築。高層ビル。
フローティング•ブリッジ等のインフラ。
別の万博のシアトルのモダニティの象徴、スペース•ニードルやゲーリー。
ガスワークス•パークスをはじめとするランドスケープ•デザイン。
シアトル出身で独自の世界観をもつスティーブン•ホール等々。
コーヒー片手に、ゆったりとこれらの場所巡りすると、とっても贅沢な時間に感じられます。


よくも悪くも「住み良い」街だと感じます。
都市として「安定」してきて、大胆さが薄れてきている部分はあるのだと思います。
OMAはシアトルを「変化に直面する都市」と呼び、発破をかけていました。


安定と勢いが共存する、大好きな街です。


修士論文

seattle

修士論文が一応完成しました。
まだ加筆修正の余地ありですが。
テーマは建物のパブリック•スペースと建築コンセプトの関係性です。
それをOMAのシアトルのパブリック•ライブラリーをもとに検証しました。

OMAは、自分自身を含めた、既存のものを独自に再解釈して設計を行い、
建築コンセプトを立て、
そのまま一気に形にします。
シアトルの図書館では、大胆で情熱的な歴史的な歴史的背景をもつ市民らと向き合い、
それら市民を「パブリック」として設計プロセスを通して建築コンセプトに取り込んでいます。
それによって、ダイアグラム的建築が空間の性質をもちます。

OMAは脱構築の建築家として、建築形態の面での重要性を指摘され研究されることが多いですが、
この、形態に至るまでのプロセスこそが、
現代のパブリック•スペースの設計や市民参加のあり方を考える上で価値あるのだと思います。
建築形態の議論を避け(ただし結果的には形態に特徴を持つよううまく「再定義」が行われている)、
欲望を含む都市をそのまま建築としようとするこの傾向は、
調査機関の充実化やバーチャル世界への関心の高まりと時期を同じくする、
シアトル•パブリック•ライブラリーに至るまで発展してきているように思われます。
その後のCCTVでは、再び形態優位になっているように思われます。


ーーーーーーー

学部生の時、今の研究室の指導教官の三輪先生のまちづくりに関する授業の質問タイムにて、
アメリカ旅行も共にした友達が

「まちづくりってうさんくさくないですか?」。

三輪先生の研究や活動の重要性を感じつつも、彼女の言うことにも共感してしまう部分がありました。
潜在的な意識や愛着は既存のまちづくりでどこまで拾えるのか、
利用者と建築家双方のwin/winの関係を築くってどうすればいいのか、というテーマも重要ですが、
まちづくりが、自分たちが目指す建築家の建築コンセプトにまで落とし込まれていない、
どうしたら建築形態に結びつけるかが、すごく気になりました。



まず着目したのは、建物の保存•改修でした。
歴史的保存ではなく、ニーチェのいう人間の「life」に価値をおく事例を探しました。
混迷の時期ですね。
中間発表は、指導してくださる先生方に申し訳ない気持ちになる、悲惨な内容でした。


はっきりとした対象が必要だ…とわかっていたものの、どうやって論理的に絞ればいいのかわからず、
結局、卒計の時と同様、自分の足と感覚勝負で決めたのが、当時近所にあったシアトルの図書館でした。
シアトルとその図書館にものすごく惹かれて、足繁く通いました。
しかし、OMAに関しては全くの無知。
他の作品については、好きかどうかもわからない状態で、
しかも生きていて、超有名で、発信されている情報量が他の建築家以上に膨大で、変化し続けることがモットーの建築家です。
また、シアトルも、その歴史に一端を見る、私の価値観ではとうてい計り知れない何かを持っていました。
論文としてはこの時点で明らかに無謀でした。



やってもやっても、確実なことは言い切れません。
でもそれでこそOMA。それでこそシアトル。
常に進行中、つねに変化しているのです。
論文としては何も言えていないに等しい開き直りにも近いこの言葉で、長いこと苦しみましたが笑、
自分の中には確実な何かになった気がしています。


ーーーーーーーー

最後にこのときにつくったコンペ案…
Bridge Life
都会の真ん中の死んでいる高架下の空間を参加のプロセスにより複数の建築家が編成していきます。
そのプロセスは、Bridgeと新規の建物部分の接続部分の空間で公開され、Bridge自体も活性化されます。

20100928 パース


風にのる

Seattle

前回のちゃりんこ話題冒頭の乗り物談義に、補足。
シアトルでの思い出話…

腕に大けがを負う危険を負いながらも(過去の記事参照笑)、のんびり乗るヨット。
これはだいぶん楽しい経験でした。
はじめは(初めて乗る私にとっては)予測不能な方向に進むんですが、
のんびり乗りながらなんとなく観察するうちに、
次第にヨットが風とどう戯れてるのかわかってきます。
そうすると、もはや何の意識もしなくても、
(たとえばボールを投げるのにどの瞬間にどの筋肉に力入れて…っていちいち考えなくても投げられるようになるみたいに…)
自分が感じる風の通りにヨットが進んでいくんです。
ちゃりの場合は自分がどっちに行きたいっていう意思がかかわるけれど、
ヨットの面白いのは、誰の意志でもない風によって進むわけです。風になされるがまま笑
ヨット全体の空気が、なんだかそんな感覚になったとき、
誰も何にもしゃべらなくてもいい、赤の他人(実際初対面同士を含む)4人の中心に、沈黙がやってきます。心地いい沈黙です。
で、気がつかないうちに、日がどんどん傾いていきます。
ヨットの所有者のパパ・ドミトリーいわく、
彼がいろんな人を自分のヨットに招くのが好きなのは、この心地いい沈黙のためなんだとか。
極上の贅沢や、って思いました。

…ただ、ヨットに楽しく乗っている限り、風がつきものです。
風に当たりっぱなしということは、扇風機が機能するのと一緒の原理で、
想像以上に寒い!
そんなまったり乗りなので、ヨットの上で動きもしない。
帆が移動するごとに=陽のあたる場所が移動するごとに、席を変えて移動しなければいけませんでした。要厚着!!
機会があったらぜひおためしください。

写真がないのが、ほんとに残念です…!
(過去記事参照…笑)

wonderful life in Seattle

seattle

ある朝学校に行くと、スタジオ中の故障中のものに
'I am broken (私、壊れてます。)'
のサインが…

0614iambroken01.jpg

ここにも。

0614iambroken02.jpg

ここにも。(二度書き。)

0614iambroken03.jpg

ここにも。

0614iambroken04.jpg

そしてここにも。('I am broken→sad' うん。たしかに。こわれ過ぎっ!)

次の写真は最後のハッピーアワー。ファイナルの週、外でBBQ!でした。参加しないでスタジオで作業…なんて選択肢はありません笑 飲まずに帰ってもよい、でも顔は出しましょう、が鉄則笑
学生運営で支えられてる、生徒と生徒、先生と生徒の交流の場…大切な場です。
手前で遊んでいるのは同じスタジオのお友達の子どもたち。
この日は別の友達の新生児もやってきていて、天使のようでした…

0614happyhour.jpg

続いては日常風景。奥で段ボールの即席サンシェイドの下で作業している姿が…笑

0614studio.jpg

次はアンダーグラッドのストラクチャーのファイナルの様子。
壊れないトラスを作りなさい、って課題。
ほかにも、人が向こう岸まで渡れる橋を設計しなさいだの、
地震想定の揺れに耐えるストラクチャーを作りなさいだの、おもしろい課題が出されて、その発表はお祭りみたい笑

0614structure.jpg

これは毎朝の通学路。女の人の向こう、道のど真ん中にすっくと生える木、見えますか。

0614street.jpg

先生らの前で必死のレビュー。祝、自分で起きての参加!(日本での前科があるので、ね笑)

0614review.jpg

とりあえずめちゃくちゃざっくり…1年通して、個人的テーマとは別に、全体の傾向としてのキーワードは「テクトニック」「サステイナブル」でした。「テクトニック」を考えることは、私にとっては新たな道がぱかっ!と開けた感触でした。「サステイナブルデザイン」に関しては…たしかに無視できないし、考えなきゃいけないこと。でも無条件に追い求めることには危険を感じている、という意見に賛成です。

レビューのあとの打ち上げ。先生も生徒もみんなで仲良く!写真は奥からジェニー、ジェニーの奥さん(!)わりと歳の近いイライザ、そして二児のパパ、ドミトリー。

0614restaurant.jpg

これは金曜の夜、最後の最後のレポートを出してから参加したお別れパーティー。ビーチで模型を燃やして処分中。傍らでBBQとマシュマロを焼く。甘すぎる。笑

0614fire.jpg

そして今朝は早起きして30分ほどドライブしてシアトル郊外にハイキングに。10mも歩けばそこはもう、道以外は人の手入ってません状態の自然。鹿にも出会いました笑 卒計の敷地の毎日登山道にもたいがい驚いたけれど、アメリカンスケールでした…ほんまにずっと、人工的な音は自分のつくる音だけ笑

0614jangle.jpg

3時間ほど山歩きして、昼には帰宅。
どうしても!てお願いして送ってもらった宮崎駿のレイアウト展の本を今一度眺めながら、先輩に貸していただいた先生の最終講義を見ながら、考えごとをしました。久々の静かな時間…。

そのあと荷物を取りにスタジオへ。これで3度目、これで最後の荷物。
帰り道、なんだかわーっといろんなものがこみあげてきました。
あー明日からスタジオいってもだれもいない、なんもない。終わりやなーと。

もう一年、なんとかいさせてもらえる方法を探ろうとする手もあっただろうけれど、あえてそれはしませんでした。…でも今日、帰り道、ほんまにそれでよかった?て一人両手に大荷物持ちながら立ち止まりました。
…でも正しいと信じてます。
こんなこと言ったら、生意気な!って怒られるかもしれませんが、
ここでもう一年過ごして、設計で卒業目指そうと思ったら、死に物狂い方式でいったらなんとかできる気がします。
でも…今期ほんまに苦しんだのは修士論文。まったくもって、できる気がしない。
私の絶対の課題はコレです。帰らないといかん!!
じっくり深くまでちゃんと行くことと、人とコミュニケーションすることを学ばないといけない気がしてます…笑。

日本語と少しだけ英語の世界をのぞいて、
先生の最終講義を聞いて、
ジブリの原画の世界を見て、
そしてここでの生活全部を振り返ってみて
考えるのに必要な材料はそろってきている気がしています。
あとはどうするのか…ってとこが大事です。

シアトルでの生活も最終段階!できるだけここでのトリビア・ワンダフルライフを載せていきます!笑





猿か、サルか。

seattle

つい2週間ほど前(だいぶ前だ…笑)
手紙を出しに郵便局に行った時のこと…。
列に犬が並んでました。
こっちでは建物の中犬連れてきてもだれもなんも言いません。
私が列に並ぶと、その子はついてきてしまいました。
私は犬好きなので、いいのかなと思いながらもよしよししながら一緒に列に並んでいると、飼い主らしき人が、

"Hey, Monkey, come over here!"(モンキー、こっちきなさい!)と。

あー、こっちにも犬にタマって名前付ける、みたいな人がいるものかと思って聞いていたら。
その子は呼ばれているのをわかっているのにもかかわらず、飼い主のもとへは行かずにあとにきたおばさんの方へ。そこで飼い主はそのおばさんの方へ歩みよりながらもう一声。

'Monkey!' (猿っ!笑)

すると、驚くことにそのおばさんの方が

'あなた、モンキーちゃんっていうの?(飼い主の方に向かって)うちの子もモンキーっていうのよ!'


…まちがっているのはは私?
犬に「タマ」=犬に「モンキー」ではなくて、
犬に「ポチ」(つまり、正当)=犬に「モンキー」てことなの??
この謎をとくべく、友達に聞いてみました。そしたら

’それ(犬にモンキー)は普通じゃないよー!!笑 猫にならわかるけどね。ちなみに、猫にモンキーって名前つけてる友達、2人いるよ。’

…そうなんだ。猫にはモンキーって名前、つけるんだ。
彼女いわく、サルのイメージと猫のイメージだったらわりと重なるからわかる、とのこと。
どうも納得がいかなかったわたしですが、
途中で判明したのは、私が猿って聞いて思い浮かべる絵が、無意識のうちに箕面の猿であること笑
対して、カリーンの中にあるサルのイメージは西洋の猿(も少しスレンダーみたい。)。ペットにもできそうな、サル。
そうかーってなってきて、
じゃあ、日本のさるってどんな感じなの??と聞かれる。
…なんて説明したらいいんだ??

1.日本人のおじいちゃんをちっちゃくしたみたいな感じで、渋い顔してる
2.(醤油顔、ソース顔のたとえにならって、)スパイシーな顔って言うよりは、しょうゆって感じの顔

て言ったら、1.はわかるけど、2はなんなんだ!?って笑われました。だっていうよね、しょうゆ顔、ソース顔…笑 
言葉とイメージと常識のギャップがなんだかうまく食い違いまくっておもしろい出来事でした笑

昨日ほんまに最後のペーパーを提出。これで留学生終了。さみしい…
今学期は…苦しい学期でした笑
要領悪くて頭もよくない笑 私の唯一のとりえ、とにかくやる!てのと、恵まれた環境の中でなんとか生きてきたけれど、
今学期はやればやるほどに深みにはまっていく、あるいはやってもやっても深いとこまでいけない、そんな状態が続きました。
なにか修正していかなきゃいけない…でもうまくいかない…そんな学期でした。
次の課題…。

さーでもなにはともあれ、片付けて旅行して、も少し調査したら帰国です。
ローデンクレーターには手紙まで書いてみたけれど残念ながらやっぱり未完なので安全上の都合で無理とのこと…(もはやどこまで信用できるかはわからないけれど笑 2012年にオープン予定らしい。)代わりにマーファに行ってきます!学生ならではの、砂漠のロードトリップ過酷な旅へ!笑
もう一回、本物を学ぼうと学校に戻ってきたというスタジオの仲間に囲まれて、ほんとうにいいものを当たり前にしていきたい、とおもうようになった今日この頃。
しっかり見て来ようと思います。
日本には7月16日に到着予定です。

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