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2008年10月09日

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日本


Seattle Public Library

シアトル図書館で、隈さんのレクチャーを聞いてきました。
NHKで見たことがあったけれど、その時得られた新しい情報は「建築大好きな人」ということだけだった…という記憶しかなかったので笑、楽しみにしていました。
(相変わらず忙しくて、あんまり食べていないのか…めちゃ細くて心配になりました。)

そして、ひさびさに日本の建築に触れました。おもしろかった。

いろいろ他にも書きたいことはあるけれど、自分のためにも、今日は気持ち悪いくらいどっぷり建築の話を。笑

レクチャーを通して私の心にのこったことのキーワードは
本質、そして「間」。

くまさんは敷地に対しても、素材についても、そこで行われる儀式に対しても、
その本質を見極めようとしている人のように感じます。
そこがとても好きです。
その正直さは、空間に気持ちのよいシンプルさを生んでいます。

能舞台のプロジェクトで大切にしたという、「間」の説明をするとき、くまさんは、
「日本人はこれを最も大切にするのですが…」という補足を加えました。
この「間」について、こっちに来てみて日本人の方が確かにすぐれた感覚を持っているように感じます。
日本には狭い土地で、いかに気持ちよく住まうか、工夫を重ねてきた歴史がある。
アメリカには、まっさらで広大な土地と、開拓者精神があった。
この違い。

建築に関しての価値観が本当に違います。こんなに情報が共有できる世の中なのに、価値観はちがったまま。モダニズムなんて、やっぱり無理な話だったんじゃないかなって思います。
今取り組んでいる学校の課題、グループで都市のフィールド調査をして、マスタープランを作って、個人設計をする、というものなんですが、
そのマスタープランづくりのキーワードで都市の住居エリアのAlleyが挙がっています。
そう聞いて、当たり前に、真っ先に思い浮かべるのは、どこにでもある路地風景。
いわゆる、おばあちゃんちの前の道路、みたいな、ごくごく普通の、日常の道です。
…これがいくら説明しても、なかなかわかってもらえない。
実際、ないんですよね。こっちにはいわゆるバックストリートか、もしくは、カフェが立ち並ぶ小道しか。
そこに、生活がないからか、距離に対しても、みんなすごく無頓着なんです。
そして、大きなブロックのグリッドで街が構成されているのも、当たり前。
これじゃ路地を歩くときの魅力も半減です。
そもそも、歩くことをあまりみんな好みません。すぐ、車。
地元の素材を使わないのも、この歩くより車乗ろうぜ、の感覚が反映されているんじゃないかしらと思ったり…。
グランドフロアに住居があるなんてことは、都市ではありえないみたいなんです。
セキュリティの問題も確かに大きいとは思うのですが、
(でも、一軒家地帯では、雨戸なんてついてない、通りに対してでっかい窓の付いた家が立ち並んでいる。木々は生い茂ってるし、日本よりよっぽど危険そう。)
…で、おもしろそうだから採用になったわけなんですが、みんながどんな解釈で計画していくのかが楽しみです。

…まっさらで広大な土地と、開拓者精神…。

レクチャー後はしっかり貫徹!
ほんまにタフな毎日です。
そろそろ持病の寝坊、発病しないように警戒が必要です。

敷地の裏路地。

backstreet.jpg

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