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2009年05月

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視点その四、やってみよう!

Seattle

アシュレとアシュレィ(…小学生の頃、おんなじクラスに「宮田さん」がいて、担任の先生が私かその子を呼ぶたびに2人で反応してたのをふと思い出す…またこの先生の呼び方が紛らわしかったんだー。)とカリーンと。
1週間ほど前、地図では把握しているシアトルの、フィールドワークに行ってきました。
イチローのいるセーフコフィールドから(ちょうどこの日もデイゲーム。)東に向かって歩いて横断。
街の端です。
歩くのめんどくさい文化が広まっていて、そういう人多いのに(ハイキングは別)、類は友を呼ぶのでしょうか、
まさかアメリカの街中でもこんなに歩くことになろうとは笑
インディペンデント・スタディの文献、「錯乱のニューヨーク」ていう本を休憩のときに読みつつ…

0527carashley.jpg

ニューヨークのマンハッタンのできた過程みたいなのが、独自の視点で描かれてます。
でも…確かにふつうの歴史書に書いてあるようなこととは違うけど、間違ってない!気がします。
欲望のままに…遊園地を起源にできた都市…そういうふうにできたのわからんでもない!て気がします。笑
フィールドトリップの予習がよかったのか?収穫たくさん!の調査でした。
やっぱり体動かして自分の肌で感じるのって、とっても素敵です。
でも今年もやっぱり日焼け…です。

帰りに、アシュレィのおうちの横(ビーチ!ゴールデンゲートパークっていうでっかい自然たっぷりの公園なんです。ここが家の庭(代わり)だなんてうらやましい…)のキャンプファイヤーにちょっと寄り道。
ちょっとしたアクシデントに見舞われながらも笑、楽しい一日でした。

0527 fire

ここシアトルでの生活もあと少し…
クライマックスには山がつきもの!
だから感動をよぶ…んですよね、きっと!
よし!

しごと

Seattle

シアトルで活動する建築、ランドスケープの会社がいくつかあります。
そして、それらの会社の人たちがしばしば、授業に来て話をしてくれたり、授業外のレクチャーをしたり、パネルの展示会をしてくれたり、レビューをしに来てくれたりして、現場の話を聞かせ&見せてくれます。
その中で最近来てくれたのは、
構造から、サステイナブル系テクノロジーにしっかりシフトしているらしいARUPの人,
http://www.arup.com/japan
ランドスケープと建築両方の専門家を事務所に雇っていて、ダウンタウンにあるスカルプチャーパークもデザインしたMithunの人、
http://mithun.com/
ノースウェスト・スタイルというものを築くのに一役かった、ときく、かたっぽはUWの学部長?もやってるMiller Hullの人、
http://www.millerhull.com/htm/home.htm
がっつり建築、A+Uの表紙も飾るOlson Sundberg Kundig Allen Architectの一人,
http://www.oskaarchitects.com/
がっつりランドスケープのGustafson Guthrie Nichol Ltdの一人,
http://ggnltd.com/index.htm
(会社・事務所の正式名まちがってるかもしれませんが…あしからず。。。)
などなど。

ちょっと小話で面白いのは、上に挙げた会社の下3つは、
人の名前を単純に並べて会社の名前になってること。
はじめの頃、Miller Hullって人がいるんだと思っていて、学部長のDavid Millerはずっと別人だと思っていました。
Gustafson Guthrie Nichol Ltdの、3人くらいまでだったらなんとか覚えられるんですが、
Olson Sundberg Kundig Allen Architectとなると、いつもOlson Sundberg Kundig…4人目だれやったっけかな??てなります笑 ちなみに、このKundigは、あのトム・クンディッグです。

今日書きたかったのは、がっつりランドスケープのGustafson Guthrie Nichol LtdことGGN。
この三人、全員女の人です。
Gustafsonていうかわいらしいおばあちゃん(…というと失礼?)を中心としているランドスケープデザインの事務所。
ここのおばあちゃんのレクチャーは以前にも聞いたのですが、
つい1週間ほど前にGGNのNのShannon Nicholがランドスケープの授業にやってきて講演してくれました。(めちゃ美人でびっくりしました!)

内容は主に作品の紹介。

GGN.jpg
via
http://ggnltd.com/projects/POB%20int/project%20sheet.htm

これ、知っている人もいるかもしれません。
建物は既存のもので、
屋根をデザインしたのはノーマン・フォスターの事務所。
屋根だけデザインして、ある日突然、GGNのオフィスにファックスが届いたのだそうです。
何が私にとって魅力だったかというと、こっからのデザインの過程です。

まず。
そのファックスを受け取って、まず現場に向かい、
「直感で」
あーなんとなくこの写真に写ってる部分のファサードを見たいよねー
と決定するそうです。

そして、既存の建物にまつわる古い写真の収集。
これは、既存の建物の有無にかかわらず、どのプロジェクトでもするのだと言っていました。
そして、分析というよりは、
その写真に写ってる人々にとっての自然な行動を観察する、のだそうです。
そして、それをとりあえず頭に入れる。

ここでようやく分析に。
でも、この分析の視点も素敵で、
昔からある中庭のプランの軸を拾って、
なにが気持ちよさをつくっているのかを探る、というものです。

そして分析に基づいた軸やら、はじめの直感で大切にしたいと思った要素やら、人の行動やら、光の量とかの実際の問題とのかねあいを考えながらデザイン。

「直感で」、これ、したい!!!と思いました。
これって言うのは、たぶんこのプロセス。
もしもこれが建築の会社だったら、間違いなく本気で就職を考えます。
実施の世界では、ランドスケープだから、可能なプロセスなのかもしれません。
少し、いや本気でここで働いてみたらどうなるだろう?と考えました。
でも、ランドスケープの会社。本当に未知です。
授業を取ってみてやっぱり建築とは違う世界なんだということだけはわかってきました。

HPを見てみたら、建築出身で働いている人もいます。
でもランドスケープをその後に勉強している人が多い。
そして、一年の留学と働くとはまた全然違って、こっちの水が自分に合うものか、わからない不安も大きい。(感覚主義者だけに、それも結構大きな要素笑。)

面白いのは、建築の学生はアウトドアスペースに「オープンスペース」て書いて、ランスケの先生に指摘されるけれど(最近は変わってきているとは思うんですが。)
こないだランドスケープの学生のピンナップを見たら、建築部分は真っ白けでした笑
ランスケの人にとっては建築部分がオープンスペースになりうるんかと。
コントロールできる範囲の問題もあるのでしょうが、
でもコントロールできないにしても考慮するのは大事だぞ!?と思って見ました。

スタディの方法も、3Dのほかに「切ったり」「貼ったり」「組んだり」とかではなく、「ねったり」「削ったり」らしいです笑

実際、設計課題でランドスケープも考慮して…てやるし、おんなじとも思えるけれど、すごく違う分野でもあるんだろうなーとも思います。
うーん。

こっちの友達に、
ものすごくこの会社のデザインのやり方すごく素敵だと思ったんだけど、どう思う??って相談してみたら、
じゃあ行ってみたらいいじゃん。とぽんっといわれました。笑 必要になったらも一回ランドスケープ勉強すればいいじゃないかと。
…よく考えてみれば、ここにはそういう考えで学校に戻ってきた人がめちゃ多い。それが普通。
相談相手を間違ったか、はたまたその勢いが大事なのか笑

日本では同じ学年の友達が二年目だったり就職活動してたり。
私なりにちょっといろいろ考えてみたり…。
まだ妄想段階でしかないですが。

近況は…
ここ2日連続、久々に夢を見、
そして2日とも初!英語でした!
一日目は、写真のクラスの先生と友達が会話してるのを聞いてるシチュエーションで(なにをしゃべっていたかまでは覚えていない)
二日目は、日本の中学時代の友達でバレエの先生をしている子が、
なぜか英語で指導していて(こっちは詳細に覚えてる!!)、それを見学していました
…ということで、参加はしていないのでレベルは1です笑

あとは力点は設計に集中しています。
パソコンに入って(と、言っても使えるソフトはいまだに限定されていますが…)スピードががくんと落ちて、イライラ気味…もー!!!
明日は照明デザインのチェックです。

視点その三、場

Seattle

こっちで修論がらみのテーマについて見ていただいているケン・タダシ・オオシマ先生に
田島さんのレクチャーで質問が来た時に日本語通訳をしてくれないか?
とメールが来たのはつい先日。
いや、無理です。
知っていると思いますが、私にそんな英語力はありませんよ、先生!
でもまーまー、とりあえず横に座って、と先生…
それは、先生は私に機会を与えようとしてくれていただけだったのでした。

その流れで、当日になってメールが届いて、お食事会もあるから来てね、と招いていただきました。
でもなにがどこで誰と行われるのかは一切知らされず、
先生もとても忙しそうだしで聞くこともできずに、あとについていきました。

これが、素敵なお食事会でした。
いつもはこういうときの軽食はクラッカー、チーズ、スナック類等、手で食べられるものが多く、
形式も立食の場合が多いのです。
気軽にいろんな人と交流はできるし、この雰囲気も好きなのですが、私はこれが、場合によってはすごく苦手…
深い話ができないので、伝えたいことも十分に伝わらないこともあるし、
相手が何考えてるかわからないままに終わることもあります笑
あと、たいがい、ずっとひとごみの中、という印象なんです。

会場は、いつもディスカッション用に教室として使っている、小さめの細長い部屋。
部屋の中央に最後の晩餐的レイアウトで、白いクロスのかかった長い机とそれを囲むイス。
そのテーブルにはいくつかのキャンドルだけが等間隔においてあって、
食べ物は入ってすぐの壁際に。
内容は田島さんが来てはることもあって寿司にはじまり、サラダ、くしカツ等。
ナイフフォークはなくて、お箸のみ。
…と言っても、たくさんアジア料理の店があるのでアメリカ人結構器用にお箸も使えます。
上座、下座とかいう文化がもとからあるのかないのか知らないけれど、
とりあえず関係なくパネラー、先生、学生総勢30人ほどが一緒に座ります。
キャンドルを中心にして会話が始まります…そうなれば皆、お尻には根が生えて、
レクチャーの続きの議論が、普段あんまり経験する機会のないレベルで展開されていきます。
その状況に初めは圧倒されていたけれど、さすがに夜中の1時すぎまで話していたら、状況にも慣れ、周りの人たちも私を受け入れてくれて、気がつけば私も必死になって学生、先生、先生の、基本4人ほどの会話に参加していました。

片付けを手伝う段階になって初めて、
このお食事会がすべて手作りだということを知りました。
Sacrificeの先生と、会に招いてくれたケン先生が中心になってつくられたものだったのでした。(みんな好きな時に帰っていくので、片付ける人は学生2人と数人の先生と中心の2人の先生、となって、初めて気づく…。)、
使われていたお皿やクロスやキャンドルやその他の道具はすべて先生の車に運び込まれました。

ケン先生が阿部さんのやっていたのを見て、提案したんだそうです。参照先がまたすごいけれども、
いいと思ったものは必死で、自分なりの解釈を加えて、公言して、マネすればいい。
という姿勢を学びました。
退屈が一番よくない。
いつも知的好奇心を持って。
いいものを見分ける目を養うのがいい。と先生。
いつものように笑顔たっぷりで話す素敵な晩餐を成功させた先生の言葉に、ずっしとした重みを感じました。

視点その二、交差

Seattle

…本題の前に。
シアトル市には80人ほどの豚インフルエンザ患者がいると聞くのですが…

0517 street fair

0517 street fair 04

0517 street fair03

家から学校までの通学路全部が昨日、今日とお祭りの会場です。
私も‘象の耳’という名前の、揚げパンの、きなこの代わりにシナモンと砂糖がまぶしてあるものと、
レモネードを買って、
学校の敷地内の芝の上の木陰に座ってランチタイムしました。
今日は暑い。
―――――
前の記事に引き続いて。
…先に、お断り…英語の能力に乏しい。英語だけでなく、日本語の能力に乏しい。都市の知識に乏しい。なので…間違っていたり、よくわからなかったり、話がやたらと重いですがお許しください…ね。
でも、おもしろかったんです。なんだか話のスケールが全然違います笑

田島さんのプロジェクトのひとつ、
‘Tokyo cannal project’。
かつては東京で交差していた人間の生活と川の関係、
でも今は大阪でも同じであるように河川の上には高速道路が走っていて、影を落としています。
決して交差することのない、都市での人間の生活と、東京の河川…河川といっても、それはもうただの都市における水循環のシステムです。
その視点で見た時体の70%?水を保有している人間も東京河川といっしょ、水循環のシステムの一部…そういう見方をしたら、渋谷の人ごみも河川に見えてきませんか!?…というような内容。

そして、もう一人のパネラーのMary-Annさんは、北京のCaochandiという地域について調査をしている方でした。
この地域はオリンピック鳥の巣スタジアムや、OMAのCCTVを保有していて、
政治的干渉の多い一方で、
タクシードライバーやら、アーティストらの街(で、芸術村として、今はもう結構知れているみたい。)で、セルフビルト的な違法建築も満盈していて、
そうやっていろんなことが平行に走っている、
なんだか不思議な地域らしいです。

ここを走る高速道路もまた、
ちょうど東京において河川と都市生活がもはや交差しないのと同じように、
違法建築を建てて生活している人たちの生活とは交差しない。
その他のことも、うまく交差していないように見えました。

ひとつ交差している例に見えたのは、
アイウェイウェイという芸術家がその違法建築地帯に美しい建築を建てると、
あ、いいじゃん。
と、ブランド品を模造する中国人精神で、真似して作る。
真似してできたものは、その質は明らかに劣るそうなんですが、
その一方で、インテリアは向上されて、生活もそれに引っ張られて少し改善されている、という話でした。

―――――
その後、学生、先生、パネラー、総勢30人ほどの小規模なお食事会へ。
私は第二回のシンポジウム、ラスベガスについて研究しているニコールとその相棒の先生の隣の席にたまたま座りました。
ラスベガスと言えば…
ハリウッド映画に登場するような、カジノのグラマラスで、バブリーなイメージ、
それとそんなにかけ離れていないイメージで読んだ覚えのある、『建築の多様性と対立性』byベンチューリ。
でも、実際そこに行ってみれば、そこにあるのは果てしなく茶色い乾燥地帯と、
社会福祉とか水問題とか、普通の都市問題を抱えるべたべたな人間の生活。
そのイメージと生活は共存しがたいものなのです。
でも、ここでは交差してしまう。
朝までギャンブルに浸り、負けて、むしゃくしゃした人が、カジノの夢の中状態で、
通勤するひとを銃殺する、といった事件も、あとを絶たない。
水は汚れる。
同じように開発されているドバイとはまた違っているそうで、
ラスベガスはもっと絡み合ってそこに存在しているそうなんです。
政治は「都市の成長を約束」する。
でもそれはディベロッパーの開発を促す開発でしかなくて、
つまり、ラスベガスのグラマラスなイメージを促進するものでしかなくて、
もしもカジノ産業に依存していて、もしもそれが倒れたら、ラスベガスは死ぬしかない。夕張みたいな感じでしょうか。

都市に関する知識が乏しすぎる上にドイツ語なまりの英語で機関銃のように話す先生で…たぶんこんな内容だったはずです。間違っていたらすみません!

では、じゃあ、建築や都市について研究している立場としてどうするか。
まず都市として、多様性をもたなければならない、ということ。好ましい要素の交差を許容しなくてはならない。

そして、具体的にどうするか。

ひとつは、ラスベガスでは莫大なお金、日本でだったら目に見えない権力、そういったものに負けずに一方向の開発に対してnoということ。
でもこれができるのは「踊る大捜査線」に例えるならば室井さん的立場になって初めて可能。
スターアーキテクトになって初めてその効果が実際都市に反映される規模になりえる。ダニエル・リべスキンドが実際にそういう行動をとっているんだとか。

そこでふたつめは、
そこにあるコミュニティネットワークを、地道に強化すること。
その強化の途中で、だれも締め出さないこと。
たとえば、Caochandiに見たアイウェイウェイの例は、
確かにコミュニティの強化に寄与してはいるけれど、
その一方で、そこに住む本当の低所得者のいくらかは締め出されてしまっている。
そうすると、その地域は少し良くなっても、その少し外側でまた、しわ寄せがくるのです。
第一回のパネラーで、メキシコ国境付近のコミュニティ改善問題にかかわっているTeddt Cruzは、
実際本当に可能にしようとしている人、なのだそうです。
(また、その地道な活動を実現するためにはそれを外に対してアピールして協力を仰ぐ必要があって、建築的なアイデアはそれほど新しいというものではなかったのですが、そのかわりにグラフィック、アートを駆使していました。)



コミュニティ力はすごいもので、
実際に、ラスベガス北部にある低所得者向けのトレーラーハウスのコミュニティでは、その内の力で人が入れ替わっていくにも関わらず、よっぽど良好なコミュニティ築いていたりするそうです。
日本の路地を思い出しながら(駒ヶ林とか…)興味深く聞いていました。
そして、田島さんの密度、の話もふっと思い出しつつ…。
コミュニティ(人間と人間の関係)×スケール。
なんでもでかくて広くて社交的な人種のアメリカ人と違って、
日本人、この問題に対しては案外強いかも?しれませんね。

視点その一、ありの目とりの目

Seattle

ありの目、とりの目
…そうですね、先輩のぱくりです。…いや、刺激されたのです。最近はこればっかり考えていました。
とりの目、ありの目。
明確です。いつも頭の片隅に置いておきたいとても大切な視点。
それに加えて、
とりとありとはレンジの話で、高い、低いみたいに、相対的なものだし、
たとえば町で見かける鳩と、世界を股にかけるカモと、地面を疾走するダチョウが見ているものが全然違うように、視点もさまざまなんだということも、忘れずにいたいと思うのです。

今日の話は。
日本で卒業設計の敷地調査というものがまったくなんなのかわからず困り果てていたときに、
ある先輩が勧めてくれた一冊の本から始まります。
『都市のフィールドワークメソッド』
都市/建築フィールドワーク・メソッド (10+1 Series)都市/建築フィールドワーク・メソッド (10+1 Series)
(2002/07/30)
田島 則行久野紀光

商品詳細を見る

都市の見方について書かれた本です。地図を見るという視点で都市を眺める、そのとき経験的な要素が抜け落ちてしまっています。
田島さんはそこでフィールドワークを大切にしています。
それをリンクさせる作業を行う人…という印象でした。
その田島さんがUWに連続シンポジウムの第3段、2夜連続でレクチャーをしに来てくれました。

興味をひいたのは、人間の密度について
田島さんが調査してはるのは都市の密度での話、
でも地方のスケールで見ると、話が変わってくる。
都市では人間は匿名化して、互いに影響を与え合うということはないけれど、
人を個人として認識し始めるというものです。
地図を眺めるだけではなかなか気づかない、でも感覚としてなるほど…という話でした。
重村先生の授業をふと思い出したりしました。

実際、都市というもの…授業をとったりしてきたものの、
私にはつかみどころのない、怪物に思えて仕方がありませんでした。
田舎はいいのですが、
都市にぽいっと放り出されると、
カオスに思えて仕方がなかったのです。
梅田(特に地下街)とか、東京(とくに交通網)とか。
実際行くと、地図の視点で見たものと一致させる作業に入る前に、
感覚はすり切れるほどにへとへとになってしまって、つかめないのです。

勉強している立場としては、こんなことではだめなんでしょうが笑、
でも一般人の視点としたら、おんなじ感覚を持っているのかも、と思うのです。

―――――
この感覚に着目して、先学期から取り組んでいるのが、
学校の雑誌の特集記事、Home Economics です。
出題者は、あとでわかったんですが、またもやsacrificeの先生笑
この経済状況の中で、家庭のスケールで経済を見た時に、建築家として何ができる?
という内容のお題もです。

私のまったく一般人感覚をフル稼働させてみると、
都市とインターネットの世界、共通する感覚に襲われるのです。
じゃあインターネットの世界も、アーバンデザインのように分析され、デザインされればどうなる??
…っていう、おおざっぱな提案です。
たとえば実際の都市の公園のような健全なパブリック空間がバーチャル世界に生まれれば、
そこに健全なコミュニティが生まれるんじゃないかな、と。
健全というのは、たぶん、本当の世界の公園や通りと同じようにもっと公開されていて、みんなが知っていて、だれでも簡単、気軽にアクセスできること。
そしてそのコミュニティが生まれれば、
たとえば大学近くの目抜き通りAveに古着屋さんや安いお食事屋さんがたくさんできるように、
あるいは学生間の助け合い的なものも含めて、
そのコミュニティにまつわる経済が活性化されるんじゃないかな??という提案です。
お金←→物の経済だけでなく、gift←→sarificeの経済も、てことです。
そして条件は、実際世界の物事と結びついていること。
…そうすれば地域性も強みとなった、いいもの(人、モノ)が集結するもうひとつ場ができないでしょうか…????

たとえば、家庭にいる赤ちゃんのいるお母さんを想像してみると。のダイアグラム。スキーム①。
0517home+economics.jpg
コラージュにしてみると…のスキーム②。桃を食べているとき、自分の周りにできるバーチャル世界の時間と、場所と、スケールの層と、そのコミュニティを表現。
0517colum5draft.jpg

そしてスキーム③。ちょっと説明的に。とりの目、ありの目のキーワードをもとに、スタディしたものです。

0517column5+no02+0517jpg.jpg

アイデアはほんとに単なる言いっぱなしの感は否めません。
でも自分にとって、考えるきっかけとなっています。
もうひとつの課題は、内容をいかに伝えるか、とともに、雑誌の記事なのでどう人に読んでもらうか。
今もスタディ中…

イチロー

Seattle

とうとう会いに行ってきました。職人、有言実行、憧れの…

0508 ICHIRO

イチロー。
ROOKS時代、一緒にイチローに感動し花の女子大生時代を汗まみれ泥まみれ日焼けで真っ黒でやってきた友達がシアトルに遊びに来てくれて、
これはもう行くしかない!と。笑
こっちの友達2人も一緒に、行ってきました。

3安打、一盗塁(失敗!)で最終バッター。
守備でもナイスプレーを繰り出し、
ほんまに魅せてくれました。
試合が単調・退屈に傾きだした時、イチローはなにかしら仕掛けてくれます。
職人でありエンターテイナーでもある。プロの香りをしっかりかいできました。
チームはというと弱い、弱いといわれる、マリナーズ。
この日も流れは絶対こっちにあるのにも関わらず、大事なとこで詰め切れない、という感じで、
しっかり負け。。

…にもかかわらず、球場は東京ドームよりでかい。
完全屋内ではおりませんが、大屋根がかかっていて、
大雨だったこの日も、試合を楽しむことができました。
一塁側の一番上の一番安い座席からの観戦でしたが、
一番手前に自チームの野球…というか観戦を愛している風のおじさんたちやらかわいい子供たち、
その次にイチローの走りまわる球場、
そしてこの試合では一球だけ飛び込んだホームラン側の座席(なんていう名前なんだろ?)
電光掲示板、
そしてお隣のアメフトのクエストフィールドと、ダウンタウンの夜景、
これらがでっかいスケールで層になって一気に眼の中に入ってきて、
なかなか見ものでした。
日本の試合みたいに音楽が演奏され続けることもなく、
試合のはじめ(第一投め)と終わりは
あ。はじまってたん??
ていうくらいあっさりしていて、
みな思い思いのことをしていて、試合をどれくらいみているのか’?’な感じもあるけれど、
不思議となんだか妙な一体感があります。
阪神ファン級の一体感が、
時として球場を支配するのです。
それは映画館でも感じたことがあるのですが、
すごく個人主義な一方で、
でっかいリビングのような空間に変わってしまうことがあるのです。
国民性と、上下関係の薄い英語が可能としているのでしょうか?
よいことも悪いこともあるけれど、おもしろいです。

球場の場所も、また少し日本とは違っています。
明確に、ダウンタウンの端っこに位置しています。
ここ以南は、ダウンタウンより北の大学とその周辺のみずみずしい感じとは違った雰囲気で、
乾いた、工場地帯に属する雰囲気の街になります。(飛行機のボーイングもこのエリアにあります。)
立体でない巨大な屋外駐車場の真ん中に2つのドーム、球場とアメフトの競技場が位置していて、
多くの人が車でくるみたいです。
私たちはみなそれぞれバスを利用しましたが、
人は多めだとはいえ、
バスにもかかわらず、
混雑しないことには驚きでした。
やっぱり、車社会。。

この日は城島さんは試合には出ず…残念!
でもこの次の日には2人して活躍してチームの逆転勝利に貢献したようで。
日本人として、そしてシアトル市民として、2人は私のことなんて微塵も知りませんが笑、すごくうれしいです。

‐‐‐‐

木曜日に到着した友、わだちゃん。
授業で迎えにいけない私をよそに、
果敢にも、バスに乗って自力でダウンタウンのはずれのホテルまでたどり着いてくれました。
シアトルでバスで移動しようとすると、初めての人にしてみるとこれがなかなか難しいのです。
まず、車内放送は気の利いた運転手さんにあたらなければしてくれない、あるいは、聞き取れない。英語だから、もだけど、単純に声がちっさすぎて笑
自分のおりたいとこに近づいてきたなーと思ったら、ひもを引っ張るシステムです。

初日のホテルは、アメリカで話題のACEホテル。
http://www.acehotel.com/
ジョンの写真のクラスで一緒だったアートスクールの友達がこのホテルでバイトしていて、
彼のプロジェクトがこのホテルだったのです。
古い建物を利用していて、部屋毎にアーティストがついてデザインを施しています。
そのため、安いしきれい。ユースの次を担っていきそうなホテルです。

あと2日のホテルは、冬はヒーターが壊れ、2度お風呂が使えなくなり、今は掃除機故障中、キッチンからは芳しい香りのする我がシェアハウスへ笑
数えてみたら11人のシェアハウス。
キッチンやお風呂といった公共空間の使用者もはや匿名化されてしまって、
きれいに保つのは、たぶん不可能。。。
リビングやらソファでは、よく知らない人が寝てます。たいがい誰かの友達なんですが。
幸い、悪い人はいないので、
冷蔵庫の中に入れたものが減ってる!!ということはありません。
ここも4年間寮生活した彼女はクリアしてくれました。。よかった。

豚インフルエンザ騒動のさなか、危険を顧みずやってきて楽しい時間をくれたわだちゃんに本当に感謝!です。

----

もうあれから2週間がたちました…
アップするまでに、えらく長いことかかりました。
その間に後輩たちは勝利して、
横浜ドーム進出を決めたりだとか、
嬉しい限り!

近況は…相変わらず、相変わらず…です。
ぷすっ、と息を少し抜いて、、、
さー、今晩もがんばるぞー!!

くっ…

Seattle

始まりは前回のindependent studyのミーティング…
修論のテーマ、対象を探したがる私に、先生2人に「だめだ!」といわれる。
まず広く見なさいと。
質問を自分自身に問いかけなさいと。
よしとそれに従ってやり始めてみる…いくらでもケーススタディがみつかる。
書いても書いても終わりの見えないレポート。
スタジオに住みつく。

同時にレクチャーの嵐と遭遇。授業以外のレクチャーがよく行われます。
忙しい週に限って、毎日ありました。
おもしろいor疑問が多いとわりといくらでも延長するし(学校だから、ってのもあるかもしれませんが)、面白くなかったら途中で帰る人も結構いる。
そこでプレゼンのお勉強…みんな画面に写真をばんっと載せる方法。テキストは最小限。
そうかそうかと自分のプレゼンのイメージも…膨らませる。。。

ようやく英語版のレポートが仕上がると、日本語版の提出まであと2日しかないと気づく。
日本から友達が来てくれたので、夜行性の生活。
10時から5時が勉強時間。
自分の英語レポートの日本語訳に丸2晩かかる。
昼間の楽しみをばねに頑張れる。→後日報告!

友達が去りレポートを提出し、今度は次の2日でミッドレビューの準備。
中間とはいえど、4人ものレビュアー+先生2人で、
学生の人数と1人しか違わない。
ひとりあたり質疑応答込みの25分が与えられているちゃんとしたもの。
東海岸出身のデイビットは、鬼と化す。
必須条件は
‐1'=16"(1/200くらい)の平断面図、
‐サイトプラン
‐1'=8"のユニットプラン、
‐セクションパースペクティブ、
‐パース最低6枚、
‐コンセプトダイアグラム、
‐サーキュレーションダイアグラム、
‐1'=16"模型
私にとってもっとも重要であるプランはトレペ上にはできていたものの、(断面もプラン上で考える。)
寝れない。
‐1'=8"のユニットプラン
はどうにもレイアウトできないし、時間もないしで、
自主的カット笑
でもま、問題なくすみました。
ぼーっとしてたら二次災害に見舞われる。
普通に歩いていて、器用にも足をくじく。痛い。

そしてミッドレビューの当日には、こないだ提出した英語版のレポートのミーティング。
この調子で、と。
体力ばかり消耗したけれど、あと、楽しくはやっているけれど、日本のレポートやろうとするとやっぱりどこにも帰着していない。
これは修論仕上がらないぞと…うすうす気づく。
ミッドレビュー後のその日に保存の意義を問うような映画をやるからおいでと誘っていただく。
『Tokyoga』。
残念ながら1/3は覚えていないけれど(沈没…)
変わりゆく東京であっても、
そこに向かう列車に乗る人の気持ち、その体験は、
小津映画に描かれた頃のものと変わらないと、
そんな内容。
電車の車体だけを保存する、
そんな保存のしかたがあるけれど、(列車博物館、みたいなの。)
列車マニアではなくて、小津映画の登場人物のような人たちは、
体験として列車を見ている。
それが保存できなくては、保存の意味がない、とは言わないまでも、
でも、大事なんじゃないか、
てのが修論のまさにテーマです。
この映画を紹介してくれた先生に、
あのつたない英語のレポートで、(ミーティングは2週間に一度の、あってないようなものなので)
わかってくれてるんだーといううれしさとともに感謝する。
…起ききれなくてごめんなさい。笑

そして次はそのままプレゼンの原稿の作りなおし。
朦朧としながら読み直し、
とりあえず、5分だと…そう思ったはずだった。読んだんですよ、確かに。。。
ゼミ後、みんなから心配と励ましのメールが届く。

「10分かかったわー☆とりあえず修正がんばろうな。」

…そうですね、10分も読ませたのですね、ごめんね、みっちー。。。笑
そして、プレゼンにテキストは全部いれなさいと。誰も話は聞いてくれません、と笑
とりあえずスカイプしようかと心配してくれるみな。
頭を抱えて聞いてくれていはったという先生。
またこの状況に久々に泣き笑ってしまいました。あれです、ほら、安田先生と戦ったあの日…
卒計のときから成長していない…笑

ミッドレビュー後の2日課題、他人のプランとセクションのディベロップという何とも変わった課題と発表を経て、今日、金曜に至ります。

さて、今晩はプレゼンの修正作業に取り組んでます。
今度は3分に収めて送るね。笑
いつかこの状況すべてを強みに変えられるように。当分あいかわらず迷惑かけ続けることになりそうですががんばります!!

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