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2009年05月18日

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視点その三、場

Seattle

こっちで修論がらみのテーマについて見ていただいているケン・タダシ・オオシマ先生に
田島さんのレクチャーで質問が来た時に日本語通訳をしてくれないか?
とメールが来たのはつい先日。
いや、無理です。
知っていると思いますが、私にそんな英語力はありませんよ、先生!
でもまーまー、とりあえず横に座って、と先生…
それは、先生は私に機会を与えようとしてくれていただけだったのでした。

その流れで、当日になってメールが届いて、お食事会もあるから来てね、と招いていただきました。
でもなにがどこで誰と行われるのかは一切知らされず、
先生もとても忙しそうだしで聞くこともできずに、あとについていきました。

これが、素敵なお食事会でした。
いつもはこういうときの軽食はクラッカー、チーズ、スナック類等、手で食べられるものが多く、
形式も立食の場合が多いのです。
気軽にいろんな人と交流はできるし、この雰囲気も好きなのですが、私はこれが、場合によってはすごく苦手…
深い話ができないので、伝えたいことも十分に伝わらないこともあるし、
相手が何考えてるかわからないままに終わることもあります笑
あと、たいがい、ずっとひとごみの中、という印象なんです。

会場は、いつもディスカッション用に教室として使っている、小さめの細長い部屋。
部屋の中央に最後の晩餐的レイアウトで、白いクロスのかかった長い机とそれを囲むイス。
そのテーブルにはいくつかのキャンドルだけが等間隔においてあって、
食べ物は入ってすぐの壁際に。
内容は田島さんが来てはることもあって寿司にはじまり、サラダ、くしカツ等。
ナイフフォークはなくて、お箸のみ。
…と言っても、たくさんアジア料理の店があるのでアメリカ人結構器用にお箸も使えます。
上座、下座とかいう文化がもとからあるのかないのか知らないけれど、
とりあえず関係なくパネラー、先生、学生総勢30人ほどが一緒に座ります。
キャンドルを中心にして会話が始まります…そうなれば皆、お尻には根が生えて、
レクチャーの続きの議論が、普段あんまり経験する機会のないレベルで展開されていきます。
その状況に初めは圧倒されていたけれど、さすがに夜中の1時すぎまで話していたら、状況にも慣れ、周りの人たちも私を受け入れてくれて、気がつけば私も必死になって学生、先生、先生の、基本4人ほどの会話に参加していました。

片付けを手伝う段階になって初めて、
このお食事会がすべて手作りだということを知りました。
Sacrificeの先生と、会に招いてくれたケン先生が中心になってつくられたものだったのでした。(みんな好きな時に帰っていくので、片付ける人は学生2人と数人の先生と中心の2人の先生、となって、初めて気づく…。)、
使われていたお皿やクロスやキャンドルやその他の道具はすべて先生の車に運び込まれました。

ケン先生が阿部さんのやっていたのを見て、提案したんだそうです。参照先がまたすごいけれども、
いいと思ったものは必死で、自分なりの解釈を加えて、公言して、マネすればいい。
という姿勢を学びました。
退屈が一番よくない。
いつも知的好奇心を持って。
いいものを見分ける目を養うのがいい。と先生。
いつものように笑顔たっぷりで話す素敵な晩餐を成功させた先生の言葉に、ずっしとした重みを感じました。

視点その二、交差

Seattle

…本題の前に。
シアトル市には80人ほどの豚インフルエンザ患者がいると聞くのですが…

0517 street fair

0517 street fair 04

0517 street fair03

家から学校までの通学路全部が昨日、今日とお祭りの会場です。
私も‘象の耳’という名前の、揚げパンの、きなこの代わりにシナモンと砂糖がまぶしてあるものと、
レモネードを買って、
学校の敷地内の芝の上の木陰に座ってランチタイムしました。
今日は暑い。
―――――
前の記事に引き続いて。
…先に、お断り…英語の能力に乏しい。英語だけでなく、日本語の能力に乏しい。都市の知識に乏しい。なので…間違っていたり、よくわからなかったり、話がやたらと重いですがお許しください…ね。
でも、おもしろかったんです。なんだか話のスケールが全然違います笑

田島さんのプロジェクトのひとつ、
‘Tokyo cannal project’。
かつては東京で交差していた人間の生活と川の関係、
でも今は大阪でも同じであるように河川の上には高速道路が走っていて、影を落としています。
決して交差することのない、都市での人間の生活と、東京の河川…河川といっても、それはもうただの都市における水循環のシステムです。
その視点で見た時体の70%?水を保有している人間も東京河川といっしょ、水循環のシステムの一部…そういう見方をしたら、渋谷の人ごみも河川に見えてきませんか!?…というような内容。

そして、もう一人のパネラーのMary-Annさんは、北京のCaochandiという地域について調査をしている方でした。
この地域はオリンピック鳥の巣スタジアムや、OMAのCCTVを保有していて、
政治的干渉の多い一方で、
タクシードライバーやら、アーティストらの街(で、芸術村として、今はもう結構知れているみたい。)で、セルフビルト的な違法建築も満盈していて、
そうやっていろんなことが平行に走っている、
なんだか不思議な地域らしいです。

ここを走る高速道路もまた、
ちょうど東京において河川と都市生活がもはや交差しないのと同じように、
違法建築を建てて生活している人たちの生活とは交差しない。
その他のことも、うまく交差していないように見えました。

ひとつ交差している例に見えたのは、
アイウェイウェイという芸術家がその違法建築地帯に美しい建築を建てると、
あ、いいじゃん。
と、ブランド品を模造する中国人精神で、真似して作る。
真似してできたものは、その質は明らかに劣るそうなんですが、
その一方で、インテリアは向上されて、生活もそれに引っ張られて少し改善されている、という話でした。

―――――
その後、学生、先生、パネラー、総勢30人ほどの小規模なお食事会へ。
私は第二回のシンポジウム、ラスベガスについて研究しているニコールとその相棒の先生の隣の席にたまたま座りました。
ラスベガスと言えば…
ハリウッド映画に登場するような、カジノのグラマラスで、バブリーなイメージ、
それとそんなにかけ離れていないイメージで読んだ覚えのある、『建築の多様性と対立性』byベンチューリ。
でも、実際そこに行ってみれば、そこにあるのは果てしなく茶色い乾燥地帯と、
社会福祉とか水問題とか、普通の都市問題を抱えるべたべたな人間の生活。
そのイメージと生活は共存しがたいものなのです。
でも、ここでは交差してしまう。
朝までギャンブルに浸り、負けて、むしゃくしゃした人が、カジノの夢の中状態で、
通勤するひとを銃殺する、といった事件も、あとを絶たない。
水は汚れる。
同じように開発されているドバイとはまた違っているそうで、
ラスベガスはもっと絡み合ってそこに存在しているそうなんです。
政治は「都市の成長を約束」する。
でもそれはディベロッパーの開発を促す開発でしかなくて、
つまり、ラスベガスのグラマラスなイメージを促進するものでしかなくて、
もしもカジノ産業に依存していて、もしもそれが倒れたら、ラスベガスは死ぬしかない。夕張みたいな感じでしょうか。

都市に関する知識が乏しすぎる上にドイツ語なまりの英語で機関銃のように話す先生で…たぶんこんな内容だったはずです。間違っていたらすみません!

では、じゃあ、建築や都市について研究している立場としてどうするか。
まず都市として、多様性をもたなければならない、ということ。好ましい要素の交差を許容しなくてはならない。

そして、具体的にどうするか。

ひとつは、ラスベガスでは莫大なお金、日本でだったら目に見えない権力、そういったものに負けずに一方向の開発に対してnoということ。
でもこれができるのは「踊る大捜査線」に例えるならば室井さん的立場になって初めて可能。
スターアーキテクトになって初めてその効果が実際都市に反映される規模になりえる。ダニエル・リべスキンドが実際にそういう行動をとっているんだとか。

そこでふたつめは、
そこにあるコミュニティネットワークを、地道に強化すること。
その強化の途中で、だれも締め出さないこと。
たとえば、Caochandiに見たアイウェイウェイの例は、
確かにコミュニティの強化に寄与してはいるけれど、
その一方で、そこに住む本当の低所得者のいくらかは締め出されてしまっている。
そうすると、その地域は少し良くなっても、その少し外側でまた、しわ寄せがくるのです。
第一回のパネラーで、メキシコ国境付近のコミュニティ改善問題にかかわっているTeddt Cruzは、
実際本当に可能にしようとしている人、なのだそうです。
(また、その地道な活動を実現するためにはそれを外に対してアピールして協力を仰ぐ必要があって、建築的なアイデアはそれほど新しいというものではなかったのですが、そのかわりにグラフィック、アートを駆使していました。)



コミュニティ力はすごいもので、
実際に、ラスベガス北部にある低所得者向けのトレーラーハウスのコミュニティでは、その内の力で人が入れ替わっていくにも関わらず、よっぽど良好なコミュニティ築いていたりするそうです。
日本の路地を思い出しながら(駒ヶ林とか…)興味深く聞いていました。
そして、田島さんの密度、の話もふっと思い出しつつ…。
コミュニティ(人間と人間の関係)×スケール。
なんでもでかくて広くて社交的な人種のアメリカ人と違って、
日本人、この問題に対しては案外強いかも?しれませんね。

視点その一、ありの目とりの目

Seattle

ありの目、とりの目
…そうですね、先輩のぱくりです。…いや、刺激されたのです。最近はこればっかり考えていました。
とりの目、ありの目。
明確です。いつも頭の片隅に置いておきたいとても大切な視点。
それに加えて、
とりとありとはレンジの話で、高い、低いみたいに、相対的なものだし、
たとえば町で見かける鳩と、世界を股にかけるカモと、地面を疾走するダチョウが見ているものが全然違うように、視点もさまざまなんだということも、忘れずにいたいと思うのです。

今日の話は。
日本で卒業設計の敷地調査というものがまったくなんなのかわからず困り果てていたときに、
ある先輩が勧めてくれた一冊の本から始まります。
『都市のフィールドワークメソッド』
都市/建築フィールドワーク・メソッド (10+1 Series)都市/建築フィールドワーク・メソッド (10+1 Series)
(2002/07/30)
田島 則行久野紀光

商品詳細を見る

都市の見方について書かれた本です。地図を見るという視点で都市を眺める、そのとき経験的な要素が抜け落ちてしまっています。
田島さんはそこでフィールドワークを大切にしています。
それをリンクさせる作業を行う人…という印象でした。
その田島さんがUWに連続シンポジウムの第3段、2夜連続でレクチャーをしに来てくれました。

興味をひいたのは、人間の密度について
田島さんが調査してはるのは都市の密度での話、
でも地方のスケールで見ると、話が変わってくる。
都市では人間は匿名化して、互いに影響を与え合うということはないけれど、
人を個人として認識し始めるというものです。
地図を眺めるだけではなかなか気づかない、でも感覚としてなるほど…という話でした。
重村先生の授業をふと思い出したりしました。

実際、都市というもの…授業をとったりしてきたものの、
私にはつかみどころのない、怪物に思えて仕方がありませんでした。
田舎はいいのですが、
都市にぽいっと放り出されると、
カオスに思えて仕方がなかったのです。
梅田(特に地下街)とか、東京(とくに交通網)とか。
実際行くと、地図の視点で見たものと一致させる作業に入る前に、
感覚はすり切れるほどにへとへとになってしまって、つかめないのです。

勉強している立場としては、こんなことではだめなんでしょうが笑、
でも一般人の視点としたら、おんなじ感覚を持っているのかも、と思うのです。

―――――
この感覚に着目して、先学期から取り組んでいるのが、
学校の雑誌の特集記事、Home Economics です。
出題者は、あとでわかったんですが、またもやsacrificeの先生笑
この経済状況の中で、家庭のスケールで経済を見た時に、建築家として何ができる?
という内容のお題もです。

私のまったく一般人感覚をフル稼働させてみると、
都市とインターネットの世界、共通する感覚に襲われるのです。
じゃあインターネットの世界も、アーバンデザインのように分析され、デザインされればどうなる??
…っていう、おおざっぱな提案です。
たとえば実際の都市の公園のような健全なパブリック空間がバーチャル世界に生まれれば、
そこに健全なコミュニティが生まれるんじゃないかな、と。
健全というのは、たぶん、本当の世界の公園や通りと同じようにもっと公開されていて、みんなが知っていて、だれでも簡単、気軽にアクセスできること。
そしてそのコミュニティが生まれれば、
たとえば大学近くの目抜き通りAveに古着屋さんや安いお食事屋さんがたくさんできるように、
あるいは学生間の助け合い的なものも含めて、
そのコミュニティにまつわる経済が活性化されるんじゃないかな??という提案です。
お金←→物の経済だけでなく、gift←→sarificeの経済も、てことです。
そして条件は、実際世界の物事と結びついていること。
…そうすれば地域性も強みとなった、いいもの(人、モノ)が集結するもうひとつ場ができないでしょうか…????

たとえば、家庭にいる赤ちゃんのいるお母さんを想像してみると。のダイアグラム。スキーム①。
0517home+economics.jpg
コラージュにしてみると…のスキーム②。桃を食べているとき、自分の周りにできるバーチャル世界の時間と、場所と、スケールの層と、そのコミュニティを表現。
0517colum5draft.jpg

そしてスキーム③。ちょっと説明的に。とりの目、ありの目のキーワードをもとに、スタディしたものです。

0517column5+no02+0517jpg.jpg

アイデアはほんとに単なる言いっぱなしの感は否めません。
でも自分にとって、考えるきっかけとなっています。
もうひとつの課題は、内容をいかに伝えるか、とともに、雑誌の記事なのでどう人に読んでもらうか。
今もスタディ中…

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