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2010年09月28日

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明日

  • 2010-09-28 (Tue)
  • Mino
mino

はいっ!連続更新しましたが、今日の本題は、これ。

明日から1月7日まで約3ヶ月間、携帯つながりません。
お手数おかけしますが、連絡先はPCメールかスカイプまで連絡お願いします


デンマークコペンハーゲンに行ってきます。
北欧。
アルネ•ヤコブセンやアアルトやウッツオンやマリメッコやBIG等の現代建築や風車やかわいい雑貨や自転車や幸せそうな人や寒さや自然がある場所です。
ほかになにがあるかなー?

住んでみることが第一の目的。
ついでに働いてみます。無給ですが。
3ヶ月という短い期間にも関わらず、ADEPT Architectsという超若い建築家の事務所がインターンとして受け入れてくれました。
藤本壮介さんといくつかプロジェクトして、でっかいコンペに勝ったりしています。

ADEPT Architects

大学3回生の時に勢いで伊東さんのとこにお世話になったときと同様、
エネルギッシュさに惹かれて突撃メール。
CV(履歴書のようなもの。フォーマットなし)を送信したら、
数時間後にトップから直々の返信。
期間だけもうちょっと長くならんかー?と聞かれましたが、無理な旨伝えたら2つ返事で決まり。
書類等一切なし。笑

いろいろ不安要素もありますが(住む場所探し中、ビザが期間過ぎても帰ってこない)
デンマークに私と同時期に留学していたパワフルで温かい友達や、
デンマークにいる陽気な友達や、
私と同じようにたまたまUWからデンマークに来ている大好きだった友達たちや、が助けてくれて、
楽しみの方がどんどん膨らんで、
ま、なんとかするでしょ!と思えています。

勝手を許して送り出してくださる大学の先生方や、
いっぱい支えてくれる、研究室に今ただ一人の同級生、
同級生のように接してくれる、刺激的な後輩たち、
ちょくちょく気にかけいろいろ誘ってくれる友達、
離れていてもきらきらしているんだろうなー!と思える友達、
わがままを受け入れ帰る場所をいつも温めておいてくれる家族と、準家族、
ほんまにありがとうございます。
そんなに長い期間でもないのでちょっといってきますー

ちゃんと住む場所くらいは決まって落ち着いたら、
またレポートしますー




修士論文2

seattle

マリナーズでイチローが活躍する街、シアトル。
このシアトルの歴史を書くのが、面白かった!
なんか本当に価値観が違う…と感じます。
めちゃくちゃざっくり紹介ー。


シアトルのダウンタウンは海面と同じレベルの土地に開発され始めました。
そのため、大雨が降ると下水が逆流し、大変な事態になっていたそうです。
あるとき、製材所で働いていた男の人が過って火を出し、
当時のほとんどが木造だったシアトルのダウンタウンの30ブロックが焼け落ちました。
これを期に、市は土地改造と下水の整備を決意。
北の丘を削り、海岸近くを埋め立てようとします。

dennymounds.jpg

家がおもちゃの家のように…見えますかー?信じられない光景…。
この写真がOMAのコンセプト•ブックにも使われていたりします。
しかしシアトルは好況期にあったため、今度は燃えない素材での建て直しが先に次々に始まってしまいます。
建物が建ってから2階レベルの高さに及ぶ道路のかさ上げが始まります。
結果、歩道はもとの高さのままで、はしごを使って道路から2階の窓にアクセスするようになります。
酔って落ちて死ぬ人も現れ、次第に歩道にもふたがされるようになりました。
そして今でもその当時の1階部分が、ダウンタウンで利用されていたりします。


巨額の税金をかける大きなプロジェクトを企てるとき、必ず投票が行われます。
関心はいつも高く、反対ばかりでなくかなり積極的な結果を得ることもあることが驚きです。
最近では、海岸沿いを走る高速アラスカンウェイ•ヴァイアダクト(神戸も同じ!)の地中化についての投票が行われ、関心が寄せられていました。
シアトル•パブリック•ライブラリーもその一例で、準備を整えた二度目の投票で立て替えが決まりました。
決まった公共のプロジェクトのデザインプロセスは、専門性を持つ市民によるシアトル•デザイン•コミッションで審議されます。
また地元企業、マイクロソフトやボーイング、スターバックスが、
雇用の提供や公共事業に対する莫大な額の寄付を通して、文化の形成に貢献しています。
このようなことを通じて示される、失敗を恐れない…多少のリスクにはかけてみる専門家らの態度が、シアトルのプロジェクトの質の高さを決めている要素なのかもしれません。


シアトルは初めてのストライキが行われた都市でもあり、
第三回WTO世界貿易会議では後に映画化されるほどの大規模デモが行われました。
生活してみても、みんな地元紙を手に取り、話題にし、シアトルの動向に関心をもち、
住民一人一人が、シアトルにプライドを持ち、自分で決める意識の高い都市だなーとつくづく感じます。


建築に関しては、基本的に各時代において最先端を追ってきた印象を受けます。
歴史的保存の体制も整えられる一方で、新しいものも来い!な態度。
グリッドの街。
万博の名残の大学キャンパス。
アメリカ西海岸の近代建築の影響を受けたノースウェストのスタイル。
ダウンタウンの様式建築。高層ビル。
フローティング•ブリッジ等のインフラ。
別の万博のシアトルのモダニティの象徴、スペース•ニードルやゲーリー。
ガスワークス•パークスをはじめとするランドスケープ•デザイン。
シアトル出身で独自の世界観をもつスティーブン•ホール等々。
コーヒー片手に、ゆったりとこれらの場所巡りすると、とっても贅沢な時間に感じられます。


よくも悪くも「住み良い」街だと感じます。
都市として「安定」してきて、大胆さが薄れてきている部分はあるのだと思います。
OMAはシアトルを「変化に直面する都市」と呼び、発破をかけていました。


安定と勢いが共存する、大好きな街です。


修士論文

seattle

修士論文が一応完成しました。
まだ加筆修正の余地ありですが。
テーマは建物のパブリック•スペースと建築コンセプトの関係性です。
それをOMAのシアトルのパブリック•ライブラリーをもとに検証しました。

OMAは、自分自身を含めた、既存のものを独自に再解釈して設計を行い、
建築コンセプトを立て、
そのまま一気に形にします。
シアトルの図書館では、大胆で情熱的な歴史的な歴史的背景をもつ市民らと向き合い、
それら市民を「パブリック」として設計プロセスを通して建築コンセプトに取り込んでいます。
それによって、ダイアグラム的建築が空間の性質をもちます。

OMAは脱構築の建築家として、建築形態の面での重要性を指摘され研究されることが多いですが、
この、形態に至るまでのプロセスこそが、
現代のパブリック•スペースの設計や市民参加のあり方を考える上で価値あるのだと思います。
建築形態の議論を避け(ただし結果的には形態に特徴を持つよううまく「再定義」が行われている)、
欲望を含む都市をそのまま建築としようとするこの傾向は、
調査機関の充実化やバーチャル世界への関心の高まりと時期を同じくする、
シアトル•パブリック•ライブラリーに至るまで発展してきているように思われます。
その後のCCTVでは、再び形態優位になっているように思われます。


ーーーーーーー

学部生の時、今の研究室の指導教官の三輪先生のまちづくりに関する授業の質問タイムにて、
アメリカ旅行も共にした友達が

「まちづくりってうさんくさくないですか?」。

三輪先生の研究や活動の重要性を感じつつも、彼女の言うことにも共感してしまう部分がありました。
潜在的な意識や愛着は既存のまちづくりでどこまで拾えるのか、
利用者と建築家双方のwin/winの関係を築くってどうすればいいのか、というテーマも重要ですが、
まちづくりが、自分たちが目指す建築家の建築コンセプトにまで落とし込まれていない、
どうしたら建築形態に結びつけるかが、すごく気になりました。



まず着目したのは、建物の保存•改修でした。
歴史的保存ではなく、ニーチェのいう人間の「life」に価値をおく事例を探しました。
混迷の時期ですね。
中間発表は、指導してくださる先生方に申し訳ない気持ちになる、悲惨な内容でした。


はっきりとした対象が必要だ…とわかっていたものの、どうやって論理的に絞ればいいのかわからず、
結局、卒計の時と同様、自分の足と感覚勝負で決めたのが、当時近所にあったシアトルの図書館でした。
シアトルとその図書館にものすごく惹かれて、足繁く通いました。
しかし、OMAに関しては全くの無知。
他の作品については、好きかどうかもわからない状態で、
しかも生きていて、超有名で、発信されている情報量が他の建築家以上に膨大で、変化し続けることがモットーの建築家です。
また、シアトルも、その歴史に一端を見る、私の価値観ではとうてい計り知れない何かを持っていました。
論文としてはこの時点で明らかに無謀でした。



やってもやっても、確実なことは言い切れません。
でもそれでこそOMA。それでこそシアトル。
常に進行中、つねに変化しているのです。
論文としては何も言えていないに等しい開き直りにも近いこの言葉で、長いこと苦しみましたが笑、
自分の中には確実な何かになった気がしています。


ーーーーーーーー

最後にこのときにつくったコンペ案…
Bridge Life
都会の真ん中の死んでいる高架下の空間を参加のプロセスにより複数の建築家が編成していきます。
そのプロセスは、Bridgeと新規の建物部分の接続部分の空間で公開され、Bridge自体も活性化されます。

20100928 パース


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