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2010年10月12日

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Bagsværd Kirke・Grundtvigs Kirke

Copenhagen

自転車をついに購入しました。
友人の友人から購入して破格の600DKK。
5日間電車を使って通勤したら130DKK,
1か月パスを購入したら300DKK。
もしかりに最後売れなかったとしても、元が取れる計算。
これで朝1時間の通勤時間のうち30分はべつのことに時間を回せます笑。

20101007自転車とバウスベア

せっかく自転車を買ったので、
日曜日は北に向かって片道1時間サイクリングしてバウスベア教会へ。ヨーン・ウッツォン作です。
着いた時は北欧らしい薄曇りの空。
空全体が明るくて、晴天よりもこの薄曇りの状態の方が、空気全体は明るい状態です。
写真を撮ると、のぺーっとした印象になる空気です。
教会は、煉瓦造りの家々の近隣の中にあって、
空気の方に溶け込むように、白樺とともに光をまとってたたずんでいました。
体の中心部はしっかりあったまっているけれど、
末端部はどうしてもあったまらない感じの気温のもとで、
体はきがつけば光=あたたかみと捉えて、親しみを感じていました。

20101007バウスベアぐね屋根

中は、光の濃淡でできていました。
「ぐねぐね屋根」が有名ですが、あ、そうだったね、というくらいに自然でした。
建物は「造形」「素材」というよりもほんとうに「光」でできているからだと思います。
側廊の、空気全体を満たす質の光をふんだんに取り入れている部分に対して、
それを絞り、さらにもう一段柔らかくする操作を加えられていて、
結果的に光の微妙な変化でしかないのです。
近隣と合わせて見た時の、教会の「造形」「素材」と、
建物が示す真のコンセプトの「光」とのギャップ、そこにウッツォンが込めた皮肉を感じました。

うーん。。。
こうも当たり前の言葉しか並べられない自分の語彙力のなさにがっかりですが…続けます。

20101007バウスベア側廊

物理的な壁は分厚いのに、地元の光がその壁を薄くし、中へ人を招き入れていました。
こういう方法で人を呼ぶ方法もある。
でも、この方法でそうするには、時間もかかるのだろうとも思いました。
この教会はいい歳のとり方をしているように感じられました。
教会は、なんだか自分の場所じゃない気がして私がもっとも苦手な建築空間なのですが、
この教会にいて怖いとはおもいませんでした。
日曜日朝のミサの名残がのこる小さくて静かで柔らかい光の満ちた教会で一人、
しばらくぼーっと座っていました。

20101007グルントヴィークス外観

帰り道、デンマークでは有名なクリント親子によるGrundtvigs Kirkeである教会に立ち寄りました。
こっちは、周辺の建物に「素材」「造形」の点で完全に溶け込むいでたちです。
もちろん、教会が先で、周辺があと、なんだとは思いますが。
煉瓦は周辺の建物と同じ、黄色みがかった煉瓦です。
いいなと思うのは、周辺がほんとうにただの家であることです。
普通に生活の中に溶け込んでいました。
そして内部空間のテーマはやっぱり「光」…

20101007グルントヴィークス内観

信心をもたない私にさえも門扉を開いていてくれる教会。
資本主義社会でどっぷり生活する私にとってはすごく不思議で、
どうしても解すことのできない部分がたくさんあります。
書いてみても正直ふわふわしていて読みごたえもありませんが、
それでもいつかなにか少しでもわかる部分が生まれることを信じ、
書き記しておきます。

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