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視点その二、交差

Seattle

…本題の前に。
シアトル市には80人ほどの豚インフルエンザ患者がいると聞くのですが…

0517 street fair

0517 street fair 04

0517 street fair03

家から学校までの通学路全部が昨日、今日とお祭りの会場です。
私も‘象の耳’という名前の、揚げパンの、きなこの代わりにシナモンと砂糖がまぶしてあるものと、
レモネードを買って、
学校の敷地内の芝の上の木陰に座ってランチタイムしました。
今日は暑い。
―――――
前の記事に引き続いて。
…先に、お断り…英語の能力に乏しい。英語だけでなく、日本語の能力に乏しい。都市の知識に乏しい。なので…間違っていたり、よくわからなかったり、話がやたらと重いですがお許しください…ね。
でも、おもしろかったんです。なんだか話のスケールが全然違います笑

田島さんのプロジェクトのひとつ、
‘Tokyo cannal project’。
かつては東京で交差していた人間の生活と川の関係、
でも今は大阪でも同じであるように河川の上には高速道路が走っていて、影を落としています。
決して交差することのない、都市での人間の生活と、東京の河川…河川といっても、それはもうただの都市における水循環のシステムです。
その視点で見た時体の70%?水を保有している人間も東京河川といっしょ、水循環のシステムの一部…そういう見方をしたら、渋谷の人ごみも河川に見えてきませんか!?…というような内容。

そして、もう一人のパネラーのMary-Annさんは、北京のCaochandiという地域について調査をしている方でした。
この地域はオリンピック鳥の巣スタジアムや、OMAのCCTVを保有していて、
政治的干渉の多い一方で、
タクシードライバーやら、アーティストらの街(で、芸術村として、今はもう結構知れているみたい。)で、セルフビルト的な違法建築も満盈していて、
そうやっていろんなことが平行に走っている、
なんだか不思議な地域らしいです。

ここを走る高速道路もまた、
ちょうど東京において河川と都市生活がもはや交差しないのと同じように、
違法建築を建てて生活している人たちの生活とは交差しない。
その他のことも、うまく交差していないように見えました。

ひとつ交差している例に見えたのは、
アイウェイウェイという芸術家がその違法建築地帯に美しい建築を建てると、
あ、いいじゃん。
と、ブランド品を模造する中国人精神で、真似して作る。
真似してできたものは、その質は明らかに劣るそうなんですが、
その一方で、インテリアは向上されて、生活もそれに引っ張られて少し改善されている、という話でした。

―――――
その後、学生、先生、パネラー、総勢30人ほどの小規模なお食事会へ。
私は第二回のシンポジウム、ラスベガスについて研究しているニコールとその相棒の先生の隣の席にたまたま座りました。
ラスベガスと言えば…
ハリウッド映画に登場するような、カジノのグラマラスで、バブリーなイメージ、
それとそんなにかけ離れていないイメージで読んだ覚えのある、『建築の多様性と対立性』byベンチューリ。
でも、実際そこに行ってみれば、そこにあるのは果てしなく茶色い乾燥地帯と、
社会福祉とか水問題とか、普通の都市問題を抱えるべたべたな人間の生活。
そのイメージと生活は共存しがたいものなのです。
でも、ここでは交差してしまう。
朝までギャンブルに浸り、負けて、むしゃくしゃした人が、カジノの夢の中状態で、
通勤するひとを銃殺する、といった事件も、あとを絶たない。
水は汚れる。
同じように開発されているドバイとはまた違っているそうで、
ラスベガスはもっと絡み合ってそこに存在しているそうなんです。
政治は「都市の成長を約束」する。
でもそれはディベロッパーの開発を促す開発でしかなくて、
つまり、ラスベガスのグラマラスなイメージを促進するものでしかなくて、
もしもカジノ産業に依存していて、もしもそれが倒れたら、ラスベガスは死ぬしかない。夕張みたいな感じでしょうか。

都市に関する知識が乏しすぎる上にドイツ語なまりの英語で機関銃のように話す先生で…たぶんこんな内容だったはずです。間違っていたらすみません!

では、じゃあ、建築や都市について研究している立場としてどうするか。
まず都市として、多様性をもたなければならない、ということ。好ましい要素の交差を許容しなくてはならない。

そして、具体的にどうするか。

ひとつは、ラスベガスでは莫大なお金、日本でだったら目に見えない権力、そういったものに負けずに一方向の開発に対してnoということ。
でもこれができるのは「踊る大捜査線」に例えるならば室井さん的立場になって初めて可能。
スターアーキテクトになって初めてその効果が実際都市に反映される規模になりえる。ダニエル・リべスキンドが実際にそういう行動をとっているんだとか。

そこでふたつめは、
そこにあるコミュニティネットワークを、地道に強化すること。
その強化の途中で、だれも締め出さないこと。
たとえば、Caochandiに見たアイウェイウェイの例は、
確かにコミュニティの強化に寄与してはいるけれど、
その一方で、そこに住む本当の低所得者のいくらかは締め出されてしまっている。
そうすると、その地域は少し良くなっても、その少し外側でまた、しわ寄せがくるのです。
第一回のパネラーで、メキシコ国境付近のコミュニティ改善問題にかかわっているTeddt Cruzは、
実際本当に可能にしようとしている人、なのだそうです。
(また、その地道な活動を実現するためにはそれを外に対してアピールして協力を仰ぐ必要があって、建築的なアイデアはそれほど新しいというものではなかったのですが、そのかわりにグラフィック、アートを駆使していました。)



コミュニティ力はすごいもので、
実際に、ラスベガス北部にある低所得者向けのトレーラーハウスのコミュニティでは、その内の力で人が入れ替わっていくにも関わらず、よっぽど良好なコミュニティ築いていたりするそうです。
日本の路地を思い出しながら(駒ヶ林とか…)興味深く聞いていました。
そして、田島さんの密度、の話もふっと思い出しつつ…。
コミュニティ(人間と人間の関係)×スケール。
なんでもでかくて広くて社交的な人種のアメリカ人と違って、
日本人、この問題に対しては案外強いかも?しれませんね。
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